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子供のための歴史講座:日露戦争 終戦編

いや〜乱世乱世。時は1905年。日露戦争の終結に向けて話し合いが行われていた。
娘「戦争中に、仲直りの話をしたってこと?」
ポーツマス交渉団


その通り。戦争は始めるより終わらせる方が難しい。そこで日本はジャイアンのロシアと戦う前に、スネ夫に仲裁役を頼んでおいた。

娘「イギリスはドラえもんでしよ?スネ夫は誰?」

アメリカだ。開戦と同時にアメリカに仲裁役を依頼していたんだ。だから話し合いはアメリカのバージニア州ポーツマスで行われた。のび太がドラえもんの手を借りてジャイアンと喧嘩して、スネ夫の家で仲直りの話し合いをしたわけだ。

娘「一件落着!」

そう簡単じゃない。ロシアはバルチック艦隊を失って制海権を失い、朝鮮半島でも苦戦していたけど、まだ戦力は残っていた。一方、日本はイギリスに借りたお金は使い切っていたし、武器もほとんど残っていなかった。日本側の小村寿太郎は、ジリ貧なのを気付かれずに、何が何でもここで終戦に持ち込まないとダメだった。

ロシアの皇帝ニコライ二世は、「ロシアはまだ負けていない」と主張して、条件面で折り合わなかったら、すぐに進軍させる準備をしていた。そこでスネ夫のアメリカがロシアと交渉して、なんとか条約にサインすることになった。

娘「よくサインしたね」

ロシアの最低限の条件だった、賠償金はゼロにするというのを日本が飲んだんだ。戦争を続けられない日本としては、これを飲むしかなかった。ここでサインされた条約をポーツマス条件という。
ポーツマス条約


娘「とにかく戦争が終わって良かった」

当時の日本国民は、そうは思わなかったんだ。日本国民はヨーロッパ列強と戦うために、高い税金を我慢して払っていたし、家族を戦争に取られることも我慢した。ところが終わってみると、賠償金が全くもらえないので、日本にはイギリスへの借金が残った。

娘「でも、これ以上続けたら日本も危ないんでしょ?」

もう戦争を続けられないんです、なんて日本が言ったらロシアが戦争を再開するかもしれないから、日本政府は「お金のために戦争したわけじゃないんだよ」と言った。だから「ふざけるな」と、大勢が怒りだした。

日比谷公園に人々が集まって、ポーツマス会議に出た小村寿太郎を批判する集会を始め、暴徒になって警官隊と衝突したんだ。首相官邸や内務大臣官邸は、刀を持った暴徒に襲われ、東京内の交番が焼かれ、2000人以上が逮捕されて17人が死亡した。

娘「日本もムチャクチャだったんだ」

この事件は、政府に終戦の難しさを植え付けることになったし、後の太平洋戦争にも大きな影響を与えた。いろんな意味で、後々まで影響を与えた戦争だったんだよ。
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子供のための歴史講座14:日露戦争開戦編

いや〜乱世乱世。時は20世紀初頭。日本国内ではロシアと戦争するぞ!と叫んでいた小村寿太郎たちと、戦争は負けるからダメと言っていた伊藤博文らとの間で揉めていた。そして世論も割れて、戦争か回避かで揺れていた。さらに明治天皇は、戦争に消極的だった。
小村寿太郎
※小村寿太郎

娘「なんで戦争になるの?」

戦争するにしてもしないにしても、ロシアの圧力がすごくて日本は危機に陥っていた。そこで参戦派と回避派が会議をして、これこれの要求が通らなければ戦争も仕方ないというつもりで交渉すると決まった。

娘「だけど、通らなかった?」

そう、だからもう戦争しかないとなった。嫌がる明治天皇に、伊藤博文は最後は私もライフルを担いで戦いますと言って、天皇は折れたんだ。そして開戦になる。どころが大変なことが起こる。

娘「なに?」

日本は何年もかけて、鉄砲の弾を作っていたんだ。これだけあれば1年は戦えるって思っていたら、1日で半分くらい使ってしまった。さらに兵隊さんは、いざとなると怖くなって逃げ出す人も出てきた。

娘「ダメじゃん」

海軍は遼東半島の旅順にいるロシア艦隊を奇襲攻撃したけど、大砲があまり当たらなかった!

娘「下手じゃん!」
旅順港
※旅順港

さらに旅順港の近くに古い船を沈めて、港から出られなくしようとしたけど失敗した!

娘「グダグダじゃん!」

陸軍の乃木希典は、旅順港の裏にある二〇三高地の要塞めがけて突撃を繰り返し、15000人以上の兵隊が死んだ。
二百三高知
※二○三高知

娘「もうムチャクチャ!」

どころが、乃木希典は要塞を攻略した。さらに海軍は最強と言われたバルチック艦隊を日本海で破った!

娘「どんなミラクルがあったの?」

それぞれの戦いは長くなるから、また別の機会に話すよ。とにかく朝鮮半島付近で、日本は勝利したのでロシアの旗色が悪くなった。さらにロシア国内では革命の気配もあって、戦争を続けるのが難しくなった。

娘「それで勝ったの?」

この戦争の結末は、また次回ね。





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子供のための歴史講座13:日露戦争開戦前編

子供のための歴史講座13:日露戦争開戦前編

いや〜乱世乱世。時は20世紀初頭。日本とロシアの戦争で、なんと日本が勝ってしまったのだ。近代史の中でも、割と重要な戦争だあら覚えておくように!
日露戦争


娘「ロシア相手って、ムチャしすぎ」

その通り!かなりムチャな戦争だった。しかし戦わなくてはならない理由があったわけだ。

娘「なんで?」

話は日清戦争にさかのぼる。日本が清、つまり今の中国と戦争して勝った。清の国力が弱ってきたところに、ヨーロッパの列強が押し寄せてきた。

娘「なんで?」

これまでヨーロッパ列強は、アフリカ大陸に進出して、現地のものを安く買い叩いてヨーロッパで高値で売って大儲けしていた。アフリカはヨーロッパの国々で大渋滞だ。そこで次に目をつけたのがアジアだ!

娘「お金儲けのためなの?」

今も昔も、お金儲けは争いの元なんだよ。清は帝国で軍隊もいる。アフリカの部族のように簡単には勝てないと思っていたら、日本が勝ってしまった。「なんだ、清って弱いじゃん」」となって、各国が清に押し寄せてきたんだ。

娘「だから日本もロシアも参加したの?」

その通り!日本は近代化が忙しかったから、周回遅れで参加したし、ロシアも出遅れていた。ロシアは清に迫ると同時に、日本が日清戦争で獲得した遼東半島を清に返還するように、フランス・ドイツと手を組んで迫った。これを三国干渉という。ちなみに遼東半島は、ここね。
遼東半島

娘「小さっ!こんな所が大事なの?」

ロシアの港は大半が冬に凍ってしまうから、太平洋側に凍らない港が必要だったんだ。

娘「え?清に返すんでしょ?」

清のものは俺のものって、ロシアは考えていたんだ。

娘「ジャイアンだ!」

そう、ジャイアンのロシアは、遼東半島に軍艦を帰港させた。さらに義和団事件をきっかけに、中国北部に軍隊を置いて、清を奪いにかかっていた。のび太のような日本は、ジャイアンには敵わない。しかしドラえもんが現れる!

娘「誰?」

イギリスだ。イギリスもロシアの拡大を嫌っていて、日本と手を結ぶことにした。ここに日英同盟が結ばれる。ドラえもんが来た以上、ジャイアンも警戒して、軍隊を引き上げる約束をするけど、なんだかんだで引き上げない。交渉は行き詰まり、朝鮮半島にはロシアの海軍がいる。これは危険だということになった。

娘「だから戦争するの?」

しかしお金がない。鉄砲の弾だってタダじゃないし、戦争にはお金がかかるんだ。そこでのび太はドラえもんのイギリスに相談すると、ドラえもんは貸してくれた!
日英同盟

娘「えー!ドラえもんにお金を借りるの??」

そうだ!なにせ当時のイギリスは世界最強の軍隊を持って、世界一のお金持ち国家だからね。のび太が頼れるのはドラえもんしかいないのだ。

長くなったから、この話の続きは明日にしよう。




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村田諒太の世界戦雑感

WBAミドル級の正規王座を賭けて、村田諒太とアッサン・エンダムの試合は、2−1のスプリット・デジションでエンダムの勝利となりました。この結果に会場は驚きの声が上がり、ネットにも結果に納得できないという声が多数書き込まれています。
村田対エンダム


1R、足を使うエンダムに、村田はほとんど手を出さずに終えます。相手の動きを見て、体力を温存しつつ相手を疲れさせ、後半勝負というプランだったのでしょう。これは世界戦で、12Rの試合は村田にとって初体験です。それなのに初回を相手にプレゼントする作戦は、かなりギャンブル性の高いものでした。

10ポイント・マスト・システム(どちらかの選手に必ずポイントをつけて、同点にしない)では、今回の村田のようにガードを固め、あまり手を出さないスタイルは判定では不利です。ダウンを奪えず、目立った有効打がない場合、リング・ジェネラルシップ(主導権支配)でポイントを奪われてしまう可能性が高いからです。今回の村田のようなスタイルは、特に世界戦ではKOしなければ勝つのは難しいのです。

村田がダウンを奪った4Rや、右ストレートでダウン寸前まで追い込んだラウンドは確実に村田がとっていますが、1〜3Rまではエンダムがとったラウンドでした。8〜12Rまでは、有効打をとるか手数をとるか、ジャッジの判断によってどちらに行っても不思議ではないラウンドでした。そして3人のジャッジのうち、2人が手数をとったということです。
ジャッジペーパー(村田対エンダム)
ジャッジペーパー(クリックして拡大)
※左の紙は、勝利者の名前を書き間違えていますね。

試合の印象と判定結果が真逆になるのは、10ポイント・マスト・システムではよくあることです。どちらも優位に運べず、素人目には引き分けのラウンドでも10-9をつけるので、ダウンを奪った選手が大差の判定負けになることは珍しくありません。日本で判定に対して不満が出る試合の大半が、このシステムによるものです。ですので今回の判定も、さほどおかしな判定とは言えないと思います。今回の村田の敗因は、判定がどうこうというより、あのスタイルで倒しきれなかったことが最大の要因ではないでしょうか。


深刻なのは、今後の村田のプランです。現在ミドル級は、ゲンナジー・ゴロフキンが主要3団体の世界王座に君臨し、WBOはビリー・ジョー・ソーンダースが王座に就いています。そして最も人気があるのは、現在は無冠のサウル・アルバレスです。ミドル級の最大の話題は、ゴロフキンとアルバレスの対決に関してです。
ミドル級の主役たち
右:ゲンナジー・ゴロフキン 中央:サウル・アルバレス 左:ビリー・ジョー・ソーンダース

ゴロフキンの前には挑戦者が列を作って並び、村田がその列に入り込むことはビジネス的に不可能です。そこでこれまでは、ソーンダースとの試合を模索していました。しかしソーンダースもゴロフキンとの統一選を熱望していて、村田との試合には後ろ向きです。そこでWBAがスーパー王者のゴロフキンとは別に設けている正規王者のタイトルを巡って、今回の村田の挑戦が実現したのです。

原則的にリターンマッチは禁止されているので、エンダムとの再選は難しいです。ゴロフキンとの対戦は絶望的ですし、仮に実現したとしても現状では勝てる可能性がほとんどありまえん。そしてソーンダースが否定的となれば、村田の世界挑戦の道は険しいものになってしまいました。

今回の敗戦は、とても大きいものです。今後の村田の動向に、注目したいと思います。

007の権利問題を整理する その3

前回からの続きです。

3.ソニーの参加
2004年に投資家のカーク・カーコリアンは、MGM/UAの株式20%をソニー主導の投資家グループに売却し、007の権利にソニーが参加します。ソニーはMGM/UAの大規模リストラなどを画策しますが、MGM側が大反発して独自路線を歩みだし、さらなる混乱が起こります。こうしたゴタゴタを経て2010年にMGMは破産し、「007 スカイフォール」の公開が無期限延期という異常事態に陥りました。
カーク・カーコリアン
カーク・カーコリアン ラスベガスに貢献した人物として知られています。

MGMの破産法申請の結果、スパイグラス・エンターテーメント(シックス・センスなどを製作した会社)の支援を受けて、再建することになりました。007シリーズは、借金だらけのMGMの再建のために、重要度を増しています。またこれに伴い、007シリーズのソニーの権利は「007 スペクター」で終了しました。
スパイグラス・エンターテーメント
スパイグラス・エンターテーメントのロゴ

次回作は、資金難のMGMは十分な資金が用意できないため、製作権を競売にかけることになっています。イオン・プロダクション(EP)とMGM、そして競売に勝ったスタジオが参加する予定で、複数社が名乗りをあげて権利の争奪戦が始まっています。

ここまで振り返ると、イアン・フレミングの軽率な無断借用がなければ、スペクターの件で揉めたりしなかったと思いますし、サルツマンが一時の感情でUAに売却しなければ、製作が途絶えることもなかったと思います。しかし、これらの騒動により多くの人が参加して新しい血が流れ込んだことで、007が生きながらえた面もあるはずです。

ダニエル・クレイグの降板も噂される中、次回作がどのような形で発表されるのか、まだ誰にもわからない状況です。

007の権利問題を整理する その2

前回からの続きです。

2.ユナイテッド・アーティスツへの売却

イオン・プロダクション(以下EP)の共同プロデューサー、ハリー・サルツマンは娯楽要素を追求し、コメディ映画になっていた007に嫌気がさし、「黄金銃を持つ男」を最後にプロデューサーの降板を表明します。これはもう1人のプロデューサー、アルバート・ブロッコリにとっても寝耳に水の話でした。
イオン・プロダクション
イオン・プロダクションのロゴ


ブロッコリは説得を続けますがサルツマンは耳を貸さず、それどころか自身が持つ映画化の権利をブロッコリではなく、映画スタジオのユナイテッド・アーティスツ(以下UA)に売却してしまいます。これにより007の映画化の権利は、EPとUAの2社が保有することになりました。
ユナイテッド・アーティスツ
ユナイテッド・アーティスツのロゴ

これまでEPが主導してきた007は、UAとの共同作業になります。しかしUAは80年の「天国の門」で記録的な赤字を計上し、倒産の危機に追い込まれます。そのUAを救ったのが、別の映画スタジオMGMでした。UAは吸収されMGM/UAとして再出発をします。しかしこれもMGMの資金難で、すぐに暗礁に乗り上げます。
MGM/UA
MGM/UAのロゴ

経営危機のMGM/UAを買収したのかが、ターナー・ブロードキャスティング・システム(TBS 現在のタイム・ワーナー)で、この時に多くの映画の版権が整理、移管されます。しかしTBSのメインバンクが、巨額の負債を抱えるMGM/UAの買収に難色を示し、買収から2ヶ月ちょっとでMGMの経営に関与していた投資家のカーク・カーコリアンに売却されてしまいました。さらにカーコリアンは、負債を返済するためにMGM/UAの資産をバラバラに、あちこちに売却していきます。

この混乱で、多くの映画の版権が誰のものか不透明になってしまいました。もう問題は007シリーズだけにとどまらず、「ロッキー」シリーズ、「ポルターガイスト」シリーズなど約4000本の映画の権利も曖昧になってしまいました。特にTBSとMGM/UAの間で、どの映画のどの版権をどちらが所有しているかが問題になり、双方の弁護士が多大な時間をつぎ込んで調整と交渉に挑みました。

この影響で、007シリーズは、「消されたライセンス」以降、6年間も製作されませんでした。EPは、サルツマンがUAに売却した半分の映像化権のために、映画の製作ができなくなったのです。95年に再びカーコリアンがMGM/UAの社長に就任し、権利問題の整理がついたところで、007シリーズもピアーズ・ブロスナンが登板した「ゴールデンアイ」から再開されました。

次回が最終回です。

007の権利問題を整理する その1

イアン・フレミングの小説007シリーズは、映画化されて世界的なヒットを記録しますが、映画化の権利問題がややこしくなっています。どれだけややこしいのか、それを解説したいと思います。

1.サンダーボール作戦訴訟

イアン・フレミングは、007の映像化権利を、安値で複数に売却しています。その中に、アルバート・ブロッコリとハリー・サルツマンがいました。両者は互いが持つ映像化権利を買い取ろうとしますが、映像化に掛かる費用を捻出するため、紆余曲折を経て共同で映像化することになりました。これがイオン・プロダクション(以下EP)の設立につながります。
アルバート・ブロッコリとハリー・サルツマン
左:アルバート・ブロッコリ 右:ハリー・サルツマン

EPは映画「007 ドクター・ノオ」を成功させ軌道にのると、次々と007の映画化に着手します。これに気を良くしたフレミングは、自らが映画化することを目論んで、友人達とザナドゥ・プロダクションを設立します。この時、映画作家のケビン・マクローリーが中心となって、いくつかの映画用の脚本が作られました。しかしザナドゥを不安視したフレミングは、一方的にこの契約を解消してしまいます。

フレミングはこのマクローリーらのアイデアを無断で使用して、「サンダーボール作戦」を書き上げて発表してしまい、マクローリーらから訴えられることになります。63年にマクローリーが勝訴すると、映画「サンダーボール作戦」のクレジットにはマクローリーの名前も入れられました。これで一旦は決着したかに見えました。
007 サンダーボール作戦
007 サンダーボール作戦のポスター

この問題が尾をひくのは、マクローリーのアイデアに、犯罪組織スペクターと、その首領ブロフェルドが含まれていたことです。他の作品にもスペクターやブロフェルドが登場したことにマクローリーは憤慨し、差しどめの要求が出され、「ダイヤモンドは永遠に」以降、スペクターは登場しなくなりました。この問題で和解が成立したのは、なんと2006年でした。

「ネバー・セイ・ネバー・アゲイン」は、マクローリーが、「サンダーボール作戦」をリメイクしたものです。EPとの約束で、10年間はマクローリーが映画化しないと決められていたので、10年を過ぎてから映画化の動きが始まったものです。しかし内容を巡って再びEPと訴訟になり、紆余曲折を経て完成しました。
ネバー・セイ・ネバー・アゲイン
ネバー・セイ・ネバー・アゲインのポスター

ちなみに製作したのはタリア・フィルムで、本作の制作者ジャック・シュワルツマンの会社です。社名は妻のタリア・シャイア(ロッキー・シリーズのヒロイン、エイドリアンが有名)から名付けられました。

それはともかく、ショーン・コネリーの復活で話題をさらったものの、同年公開の「007 オクトパシー」には興行成績で負けています。

次回に続きます。

人権を守りつつ黒人は檻の中へ

人権という考えはイギリスの偉大な発明の一つです。学校の教科書では、人権はマグナカルタから始まるとされていますが、個人的にはその後のトマス・ホッブズに注目します。ホッブズが画期的だったのは、人権の元になる自然権(神から人間に与えられたもの)をキリスト教徒以外にも認めたことです。極論すれば、当時はキリスト教徒でなければ、ヒトでもなく人権はなかったわけです。このように歴史を読むとき、ヒトとは何か?というのは、重要なポイントだと思います。



ヨーロッパでは中世から人権の概念が生まれますが、人権はヒトにしか適用されません。現在も犬や猫に適用されません。ヨーロッパ各国がアフリカに進出した時、現地に住む黒人種はヒトとは認識されずに虐殺されています。1870年代には黒人達は捕獲され、ヨーロッパに連れられて動物園で展示されます。アラスカのイヌイット(エスキモー)も同様です。1899年のパリ博覧会の目玉は、400人もの黒人を展示した黒人村でした。ヨーロッパ各地で黒人村は流行り、全裸のまま檻に入れられることも珍しくありませんでした。
人間動物園
※人間動物園の様子

当時もこれに対する批判はありました。しかし多くのヨーロッパ人にとって、黒人はヒトではなかったのです。しかし道具を使うし、教えれば言葉も覚えるので、黒人をサルとして扱うには無理が出てきました。そこでヨーロッパは「野蛮人」という言葉を用いるようになります。野蛮人は便利な言葉で、文明を持たない野蛮人が支配する地域は混乱や疫病が蔓延するので、自分達が代わりに統治した方が良いという植民地政策の大義名分を生みました。当然ながら、野蛮人には人権がありませんでした。

抵抗する野蛮人は、容赦なく殺されました。オーストラリアのアボリジニは僻地に追いやられ、9割が死んだとも言われています。アメリカのインディアンと呼ばれた原住民も、保護区に追いやられました。アジアも野蛮人が住んでいたため、ヨーロッパ各国が植民地化する際にも人権は用いられませんでした。では日本はヨーロッパから見て、野蛮人の国だったのでしょうか?第二次大戦前に日本は近代化を遂げて、憲法や軍隊や芸術などの文化を持っていました。国際会議にも出席し、第一次世界大戦を連合国として戦いました。しかしアメリカは、やはり野蛮人と見ていたように思います。

太平洋戦争では、日本兵の頭蓋骨を記念品にするのが流行しています。タイムマガジンには、戦地から恋人が送った日本兵の頭蓋骨に「素敵なプレゼントをありがとう」と、手紙を書く少女が掲載されました。ルーズベルト大統領は、日本兵の骨で作られたペーパナイフを使っていました。骨を記念品にするのは、アフリカやアジア各国が植民地化され、野蛮人として扱われた時に見られた光景です。アメリカが原爆をドイツではなく日本に使用したのは、白人優越主義のせいだと言う人がいますが、ドイツ人はヒトで、日本人を野蛮人と考えていたのではないか?とも思います。
ライフマガジン1944年
※1944年の「ライフ・マガジン」少女は日本兵の頭蓋骨のプレゼントのお礼を書いている。

戦後に野蛮人という概念は消えたかのように見えますが、ベトナム戦争でのルメイ将軍の有名な言葉「ベトナムを石器時代に戻してやる」には、同じくベトナム人を野蛮人と認識していた雰囲気を感じます。このルメイ将軍は、太平洋戦争戦争で「道徳的な悩みは一切なかった」として、東京大空襲で無差別爆撃を指揮した人物です。そしてなぜか日本政府が勲章をあげた人物でもあります。

人権という考え方はヒトにしか適用されず、ヒトの定義は時代によって変化しています。ですから戦後の人権の尺度で歴史を振り返ると、大きな落とし穴が待っています。ある時代まで、ヒトは生まれながらにヒトではありませんでした。西洋人に認められてヒトになりました。ここは大事だと思います。

子供のための歴史講座12:盧溝橋事件

やあ〜乱世乱世。時は1937年、中国の盧溝橋では日本の支那駐屯団が夜間に軍事演習をしていた。演習は中国にも通知していて、いつもの訓練のはずだったが、ここで事件が発生する!
盧溝橋事件


娘「なんで、日本の軍隊が中国にいるの?」

少し前に中国では義和団事件という内部紛争が起きて、各国の軍隊が出動したんだ。日本はその時の北京議定書に基づいて、軍隊を置いたんだよ。盧溝橋は満州と中国の国境付近で、中国の国民党軍との緊張が高まっていた。

ところが、この演習中に中国側から弾が飛んで来た。慌てた日本軍は、全員無事か確認をとると、行方不明の兵士がいた。大変だ!撃たれたのか?中国に捕まったのか?捜索と救出と、さらなる攻撃に備えなくては!

娘「なんで中国は、攻撃してきたの?」

実は、中国の攻撃かどうかもわからないんだ。中国の国民党軍が目の前にいて、攻撃されるかもしれない状況で、弾が飛んできた。そして行方不明の兵士がいるという事実に、日本軍は慌てた。

娘「んー、なるほど」

行方不明の兵士がいるとの報告を受けた牟田口連隊長は、緊急事態だと判断して上官に報告する前に出動を決める。一文字山に部隊が大移動を始めた。

夜明けには中国側に猛抗議するけど、中国側は発砲したつもりはない。日本が言いがかりをつけて、侵攻を開始したのでは?と思う。両者が疑心暗鬼の中、ピリピリした両軍の部隊がにらみ合い、小競り合いが始まる。

気がついたら小銃で撃ち合あい、迫撃砲を発射するわで大騒ぎになり、一旦は休戦しましょうとなる。しかし騒ぎが大きかったから、両者とも大軍を派遣して互いの動向を監視することになる。

娘「大勢が集まると、またケンカになりそう」

その通り!また発砲騒ぎがあって、互いが応戦して、どんどん騒ぎが大きくなる。さらに両者とも部隊を増やして、どんどん大掛かりになってしまう。ここで重要なのは、日本政府も中国国民党政府も全面戦争には反対だったことだ。

娘「なんで?」

日本は軍隊内でも、満州から南に進軍する意見とソ連の侵攻に備えて止まる意見が対立していたし、南に進軍するにしても、まだ準備が整ってなかった。中国は義和団事件以降、内乱を警戒していて、当時は毛沢東が率いる共産党が頭痛のタネだった。だから日本と戦争する余力はなかったんだ。

娘「でも、戦争になるんだよね」

日本の進軍する派もしない派も、中国一撃論というのを支持している人は多かった。中国はちょこちょこ反撃してくるけど、一発ガツーンとやれば黙りますよ、という考えだ。そこでガツーンと日本はやってみた。

娘「そしてガツーンとやられたの?」

正解!中国はガツーンとやり返して、戦争になってしまった。互いの政府が望んでないのにね。

娘「バカなの?ねぇ、日本軍ってバカなの?」

日本は日清戦争に勝ってるから、中国を舐めていた面はあったと思う。それに中国からすると内政はガタガタで、ヨーロッパの各国だけでなく日本も中国に侵攻しそうでピリピリしてた。読み違えもあったんだ。

娘「ねぇ、最初の行方不明の兵士はどうなったの?」

ああ、その人はトイレに行っていただけだから、普通に帰ってきた。

娘「トイレ!?」

人騒がせなトイレだよね。大勢が集まって軍事的な緊張が高まると、トイレだって戦争の原因になりかねないんだよ。些細なことから戦火は広がるんだ。

娘「トイレに行くときは、ちゃんとみんなに言ってから行こう!」

そうしなさい。




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日本映画と海外マーケット

以前、日本で映画を作っても利益を出すのが難しいので製作費も安くなるという話を書きました。ではどうしてアメリカや中国、韓国に比べて製作費が安いのでしょうか?それを少し考えてみたいと思います。ちなみに韓国映画の平均製作費は60億ウォン(6億円弱)、中国の平均額はよくわかりませんが、大作映画とされる製作費の下限が1億元(16.6億円)なので、平均は10億円前後と言われています。
女帝(映画)
※中国映画「女帝」

製作費の安さは、興行収入の低さに原因があると前回書きましたが、アメリカや中国の製作費の高さは興行収入が高いからです。「バットマンVSスーパーマン」は2016年の日本で興行収入が18億円でしたが、全世界で850億円以上の興行収入を叩き出しています。製作費が250億円以上かかっていますが、これなら大きな利益が出ているはずです。

ハリウッドは世界最大の映画史上のアメリカで公開され、さらに外国での公開が多いので、ふんだんな製作費をかけることが可能です。韓国も同じで、韓国のマーケットは小さいですが中国での人気が高いので多くの製作費をつぎ込むことができました(昨年、中国政府は韓国のメディアの上映や演奏を禁じたので、状況が変わりそうです)。そして中国は急成長する市場を自身で抱えているのが大きいようです。さらに東南アジアへの輸出も熱心にやっています。中国は輸出のため、他国との合作という手法を多く採用しているのも特徴です。

つまり映画は自国に巨大なマーケットがあれば有利で、さらに輸出もできればさらに有利になるわけで、その両方をできているのがアメリカというわけです。自国のマーケットが小さい韓国は輸出し、中国は熱心に自国のマーケットを成長させつつ輸出も行っているわけです。では日本はどうなのでしょうか?日本は映画のマーケットとしては、世界第2位の巨大マーケットなのです。そのため、韓国などに比べると格段に有利な立場にあると言えます。

自国に巨大なマーケットがあるという利点が、現在は悪い方向に向いていると思います。自国に巨大マーケットがあるということは、積極的に輸出する必要がないということで、いわゆるガラパゴス化した映画が増えていきました。演技力や脚本に合った配役かよりも、その時点で人気があるタレントを起用するのも、その一例です。そしてそれが多額の利益を生み出せばよいのですが、国内でも今ひとつ通用しなくなったのが現在の姿です。

リスクが高く、出資者が減ったために生み出されたのが製作委員会制度で、現在の邦画の多くがこの方式を採用しています。複数の出資者が集まることでリスク分散ができますが、出資者が増えるということは口を出す人も増えるということで、それぞれのスポンサーは例えば自社のCMに出ているタレントの映画の出番が少ないと不満を言ったりします。映画によっては、監督は撮影や演技指導どころか現場の調整係になっているという話も聞こえてきます。もっともどこまでが本当かはわかりませんが。

製作委員会の弊害が指摘されだしてしばらく経ちますが、昨年は東宝が「シン・ゴジラ」で製作委員会制度を使わずに自前で資金を用意して、大ヒットするということも起こりました。日本は巨大なマーケットを持っているのですから、やり方によっては大きく化ける可能性も秘めています。本来はアメリカに次いで映画大国であっても、おかしくない国なのですから。
プロフィール

井上 毅

Author:井上 毅
はねもね
福岡県出身
東京都在住
以前やっていたブログ「はねもねの独り言」の続編です。

外資系金融機関に勤めながら、あちこちに出没しています。

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