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セイコーの挑戦と苦悩の物語05

前回からの続きです。

第二精工舎デザイン室に中途入社した田中淳は、制限の多い機械式時計のデザインには、全く興味がありませんでした。しかし88年にスイスのバーゼルで行われた時計の見本市で、にわかに機械式時計が気になり始めます。スイスの時計業界は、機械式時計で復活の狼煙を上げていたのです。
田中淳
田中淳

田中はクオーツ時計のデザインに、まだまだ可能性を感じていました。しかし同時に、発売から1年も経たずして値引き販売されることに、やりきれない想いもありました。そしてスイスの機械式時計の復活を目の当たりにすると、時計業界の流れが変わることを感じたのです。

田中は機械式時計の復活のシナリオを描き、社内でシンパを集めます。共感を得られたことで自信を深めた田中は、思い切って機械式の復活を提案しましたが、上層部にはねつけられました。膨大な設備投資を行なって、ようやくクオーツが軌道に乗ったのです。田中の時代に逆行する提案が反対されるのは、当然でしょう。

諦めきれない田中に、チャンスが巡ってきました。91年にやって来る、セイコー創立110周年記念モデルの発売です。田中はクオーツと機械式の2つを提案し、承認を得ることができました。田中はかつて機械式時計を製作していた技術者を探して回り、準備を整えました。

その結果、110周年記念モデルは年差5秒という驚異的な精度のクオーツと、機械式モデルの復活に決まり、それぞれ110本の製作となりました。しかし田中淳の意気込みとは裏腹に、セイコー社内では戸惑いが広がります。機械式時計の職人は高齢化し、またすでに定年退職した人が多くいたのです。

当時のセイコーは、すでに機械式時計を作れなくなっていました。

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プロフィール

井上 毅

Author:井上 毅
はねもね
福岡県出身
東京都在住
以前やっていたブログ「はねもねの独り言」の続編です。

外資系金融機関に勤めながら、あちこちに出没しています。

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