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内藤大助さんとのニアミス

先日、喫茶店で商談中に内藤大助さんを見かけました。ボクサーで元世界王者、亀田兄弟と戦ったことで有名になった内藤大助さんです。過去にも何度かニアミスをしたことがありましたが、お話しする機会がありませんでした。この時も商談中だったので、話すことはできませんでした。残念です。
内藤大助


悪役のイメージが強い亀田兄弟と戦ったことで、内藤大助さんは善玉役になりましたが、元はヒールでした。反則スレスレの攻撃を繰り返し、時には肘打ちやバッティング(頭突き)の反則を織り交ぜながらも、その巧みな動きで減点どころか注意を受けることも稀でした。しかしフライ級が最も盛り上がった時期の重要な立役者の1人であり、最強のフライ級だったのも事実です。

私は内藤大助さんに会ったら、どうしても聞きたいことがあります。それは東洋太平洋王者の小松則幸選手を、日本王者として迎え撃った一戦のことです。私はこの試合が、内藤選手のベストバウトだと思っています。世界挑戦に失敗した両者が、世界再挑戦の切符と一世を風靡した亀田兄弟という美味しいパイを食らうための生存競争がこの試合でした。

そして世間でどれほど亀田兄弟が話題になろうとも、フライ級最強は内藤対小松戦の勝者だということを目の肥えたファンは知っていました。そして両者にとって、この対戦はあまりにもリスクが高いことも知っていました。敗れた者は世界挑戦権も亀田兄弟と対戦する機会も失い、ハイレベルなフライ級戦線から離脱してしまうのです。ですからこの試合は異様な盛り上がりを見せます。

私が内藤さんに聞きたいのは、この試合の開始10秒で起こったことです。開始10秒間は完璧で、この試合はこの10秒間で流れが決まったようにも見えました。ゴングと同時に、打ち合う気満々の様子で前に出る内藤選手は、届かない距離からワンツーを放ち、さらに左ジャブの連打でで踏み込みます。バックステップからステップインし、小松選手の距離感を狂わすように動くと、鋭い左の次に大きな右を放ちます。小松選手はバックステップで軽くかわすと、内藤選手の体は勢い余って流れます。無防備に頭を突っ込んできた内藤選手に、小松選手が右のカウンターを合わせるのは当然のことでした。

小松選手の右を内藤選手は予期していたかのように額で受けると、そのまま左フックを返します。これまで真っ直ぐのパンチを繰り返してきた内藤選手が、初めて放った横からのパンチ、左フックは小松選手の頭部を直撃します。一瞬ですが、小松選手の動きが止まりました。「あそこで一気に流れを持って行かれた」と小松選手が試合後に悔しがるように、これで流れが決まります。その後は内藤選手が延々と仕掛けるフェイントに、小松選手はリズムをつかめないまま倒されてしまいます。

この最初の10秒間で起こったことは、全て事前に計画していたことなのか、それとも流れの中で組み立てられたことなのか、あまりにも完璧な流れゆえに聞いてみたいのです。激しい接戦が予想されたこの試合は、内藤選手の一方的な流れになり、6R TKOで内藤選手の勝利で幕を閉じました。その後の2人は、あまりに対照的な人生を歩みます。

内藤選手は王者ポンサクレックへの挑戦権を再度手にし、ギリギリの判定で王者に就くと、亀田大毅選手の挑戦を受けてボクシングファン以外にも顔と名前が知られるようになります。テレビ出演、CM出演と昨今のスターボクサーでも体験できない待遇を手にしました。一方、東洋太平洋王座を失った小松選手はジムを移籍し、再起戦には勝利するものの日本王座獲得に失敗し、滝つぼで事故にあって命を落としています。

小松戦の最初の10秒間は、2人のボクサーの人生を分けた10秒間でもありました。ですから、この10秒間をもっと知りたいと思ってしまいます。なのにあと少しで、会えないんですよねぇ。ボクシングファンとしては、とても残念です。

誰か、内藤さんとお友達だったりしませんか?
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プロフィール

井上 毅

Author:井上 毅
はねもね
福岡県出身
東京都在住
以前やっていたブログ「はねもねの独り言」の続編です。

外資系金融機関に勤めながら、あちこちに出没しています。

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