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イギリスの自動車産業の発展が遅れた訳

産業革命を実現し、世界で最初に工業国の道を切り開いたイギリスですが、自動車はドイツやアメリカに遅れをとります。なぜイギリスが遅れをとったのかというと、ある法律に行き着きます。


赤旗法(1865年施行)

この法律を簡単に述べると
1.車重は12トンまで
2.制限速度は郊外で時速6km/h、市街地で時速3km/h
3.自動車は運転手、機関手、赤い旗を持って車両の60ヤード前方を歩く者の3名で運用すること
4.赤い旗を持った者は、騎手や馬に自動車の接近を知らせること

というものです。なんと自動車は歩くスピード並みに制限され、人が前を歩かないといけなかったんです。これでは自動車が発展しようもありません。
赤旗法


この変な法律ができた理由は、イギリスの道路の法律であるターンパイク制度を知らないとわかりません。当時のイギリスでは、道路をターンパイク・トラスト(有料道路信託会社)が管理していました。これは1100以上の会社から成る民間企業です。

幹線道路のほとんどが、このターンパイク制度によって管理されていたのです。トラストは自動車が登場すると、重い自動車が道路を傷めて補修費用がかさむのを嫌がりました。さらに当時は蒸気自動車なので、蒸気に怯えた馬が暴れて馬車に怪我人が出る事故もありました。

そこでこの赤旗法が登場したわけです。しかしこの法律によって、自動車の発展は遅れてしまい、人々は馬車や自動車ではなく鉄道を利用するようになります。その結果、道路の通行料収入は大幅に減り、ターンパイク制度の終焉に繋がります。

ターンパイク制度は1895年に廃止されますが、この法律はトラストが消滅した翌年の1896年に廃止されました。これで自動車の時代が来るのですが、1930年代に施行された法律に再びイギリスの自動車産業は苦しみ、イギリス車の特徴的な要素が生まれることになります。その話は、また別の機会に書こうと思います。
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プロフィール

井上 毅

Author:井上 毅
はねもね
福岡県出身
東京都在住
以前やっていたブログ「はねもねの独り言」の続編です。

外資系金融機関に勤めながら、あちこちに出没しています。

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