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誰も戦争に反対しなかったのか?

先日、左翼系運動に興味ありの学生と話していて、太平洋戦争の話になり「そもそも戦争に誰も反対しなかったのですか?」と、質問されました。これは実にややこしい質問です。

当時の日本陸軍のキーマンとして、陸軍省軍事局の武藤章と、満州事変を起こした石原莞爾をあげたいと思います。


石原莞爾
石原莞爾
「最大の脅威はソ連だ。満州でソ連を迎え撃つ準備が最優先だ。中国やアメリカと戦争する暇などない」


武藤章
武藤章
「確かにソ連は脅威だ。しかし中国北部を分離するのが当初の目的だから、それは実施するべき。中国との全面戦争はダメだし、アメリカとの戦争は絶対ダメ」


一方、中国の蒋介石
「日本と戦争なんて、とんでもない。毛沢東の共産党が各地で暴れてるから、そっちの討伐が最優先。外国と戦争する余裕はないよ」

日本も中国も、戦争するつもりはなかったんですね。さらに日本はアメリカと戦争するつもりもありませんでした。しかし盧溝橋事件が起こり、日中双方が鎮圧のために部隊を派遣すると戦火が拡大し、全面戦争になってしまいました。弔合戦になると、止めるのは難しいんだそうです。

そうこうしていると、ヨーロッパではドイツが快進撃を続け、英仏を追い詰めています。そして日本の悩みは、石油不足でした。


武藤章
武藤章
「石油はベトナムとインドネシアにあるけど、フランス領だ。このままドイツが勝つと、どちらもドイツ領になってしまう。ならばドイツと手を組んでおかなくては」


ということで、日本は日独伊三国同盟を結んでドイツ側につきます。そして東南アジアへの進軍を開始しました。これが大東亜共栄圏と呼ばれるものになります。

ところがアメリカは、フィリピンを支配して太平洋の覇権を手にしつつありました。当然ながら、日本の南進は面白くありません。ここに日米の火種ができました。

ここから様々なことがあり、日米開戦に繋がりますし、日本がドイツ側についたのも、他にもいろいろな要因が重なります。でも当初は多くの軍関係者が日米開戦に反対だったというのは、あまり知られていないように思います。学校の歴史の授業で、ここら辺りをもう少しやった方がいいと思うのですが、どうでしょうか?
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プロフィール

井上 毅

Author:井上 毅
はねもね
福岡県出身
東京都在住
以前やっていたブログ「はねもねの独り言」の続編です。

外資系金融機関に勤めながら、あちこちに出没しています。

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