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95年都知事選を振り返る

記憶にある都知事選で、最も残念な結果になったのは95年の選挙でした。この悲劇を繰り返さないために、当時を振り返ってみたいと思います。
青島幸男


95年というと、国会では自民党政権が倒れて日本新党を中心とした政権が生まれた後に、自民党が社会党と組んだ連立与党が政権を担っていました。そして阪神淡路大震災が起こり、地下鉄サリン事件が発生し、オウム真理教の動向に注目が集まる中、都知事選は告示されます。

当時はバブル崩壊による経済的な閉塞感に加え、バブルの象徴だった鈴木俊一前知事の不出馬によって、変化を求める声と政治に何の希望も期待もない諦めムードが混じった空気が漂っていました。そこで何としても都知事選に勝ちたい与党は、オール与党相乗りで官房副長官の石原信雄氏を推薦します。

このオール与党に不満を持つ勢力は、出雲市市長だった岩國哲人氏を擁立し、変化を求める声に押されて、経営コンサルタントで平成維新の会を立ち上げた大前研一氏が出馬します。そして告示ギリギリに、無党派としてタレントの青島幸男氏も出馬を決めました。

鉄壁の推薦の石原氏に対し、岩國氏と大前氏がどこまで善戦できるかが焦点になり、激しい地上戦(街頭演説やドブ板)が展開されました。その頃、青島氏の選挙活動は政見放送のみで、後はスポーツ紙などのインタビューに答えるのみで、早々に戦線を離脱したように見えました。しかしいざ蓋を開けると、青島氏の圧勝でした。

政局のゲームに嫌気がさしていた都民は、都市博の中止以外ほとんど掲げなかった無所属の青島氏を支持したのです。選挙事務所もなく、自宅で本を読んでいた青島氏は、本人も驚く当選を果たしました。そしてこれが悲劇の始まりでした。都議会の猛反発の中、「信義の問題」として都市博を中止すると、十分なセーフティネットがなかったために、建設業界を中心に倒産や事業が傾く会社が一気に増えました。

議会では都知事の無知さを追求する声が上がり、ハローワークを「存じておりません」と答えると、怒号と罵声が議会を包みました。青島氏は追い詰められ、都知事としての活動を必要最低限に抑えて、なるべく目立たないように、何もしないようになりました。「スーダラ行政」と呼ばれる、都政がグダグダになる4年間の始まりです。

この「スーダラ行政」が、東京には強いリーダーシップが必要だという声を生み、次の都知事選では石原慎太郎氏が圧倒的な強さで当選することになります。石原氏の1期目に東京都の借金が倍増したという批判がありますが、「スーダラ行政」によって都議会にも都庁にも都知事の重しがなくなったため、様々な形で借金が作られて表面化しないようにされていたものを、石原氏が顕在化させた分が多く含まれていました。

なんとなく投票すると、思わぬ結果が待ち受けていることを東京都の有権者は学んだはずです。今回も、よく考えて投票したいですね。
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プロフィール

井上 毅

Author:井上 毅
はねもね
福岡県出身
東京都在住
以前やっていたブログ「はねもねの独り言」の続編です。

外資系金融機関に勤めながら、あちこちに出没しています。

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