スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

川口能活の日の丸

リオ・オリンピックが始まり、サッカー日本代表はナイジェリアに負けましたね。残念でした。

今では信じられないかもしれませんが、かつて日本サッカーはW杯どころかオリンピックにすら出られない状況でした。その日本サッカーが、28年ぶりにオリンピック出場のチャンスが巡ってきたのは、1996年のことでした。マレーシアのクアラルンプールで強豪のサウジアラビアに勝てば、アトランタ五輪出場が決まります。強烈なプレッシャーに押しつぶされそうな選手達の中に、ゴールキーパーの川口能活はいました。
川口能活


テレビ放送もなく、メディアの取材もほとんどありませんでした。「どうせまた負ける」と思われている空気を感じ取り、それでも約30年ぶりのチャンスを強豪相手に掴まなくてはならないのです。萎縮した選手達は口数が減り、決戦前とは思えぬ雰囲気になっていたと言います。日本の観客もいない。テレビの前で応援してくれる人もいない。孤立したような感覚の中、スタッフがせめてもの気持ちを込めて、ロッカールームにに日の丸を貼り付けます。

川口はロッカールームで日の丸を見た時、ハッとさせられたと言います。自分は日本を代表して来ているんだ。日本には自分達の勝利を待ってくれている人達がいる。五輪出場を信じてくれている人がいる。代表に選ばれず悔し涙を流した仲間がいる。そういった人達に支えられて自分達はサウジアラビアと戦うんだ。そういう想いが一気に駆け巡り、川口は再び闘争心に火をつけることができました。外国で孤独とプレッシャーに震える20歳そこそこの若者が求めたのは、大義ではありません。必要だったのは、一握りの勇気といくばくかのプライドでした。それを取り戻すきっかけが、日の丸だったのです。

試合はサウジアラビアに一方的に攻め込まれる展開になりますが、2-1で勝利を収めました。前園真聖の2発のゴールで、日本はオリンピック出場を決めたのです。これ以降、川口はことあるごとに「日本のために戦う」「日の丸を背負って戦う」と言うようになります。一方、予選の時には完全に無視しながらオリンピック出場が決まった途端に快挙だと騒ぎ、無責任にメダルを期待するメディアに不快感を覚えた前園は「日本のためではなく、自分のために戦う」と口にするようになります。そしてこれを一部のメディアが利用しました。
サッカーアトランタ五輪

日の丸を背負う川口を戦争を知らない世代のナショナリズムとし、世界に羽ばたく若者像として前園を賞賛したのです。前園はますます覚めていき、川口は戸惑います。繰り返しますが、川口は大義を求めて日の丸を背負うと言ったわけではありません。プレッシャーに押しつぶされ、絶望的な気分になった時に日の丸を背負うことは、自分達を支えてくれるサポーターや仲間を背負うことだったのです。ほんの一握りの勇気をもらえれば、90分間戦い抜くことができました。だから川口にとって、日の丸は特別なものだったのです。

サッカーを知らないメディアが「メダルが見えた」と報じる中、オリンピックで日本はブラジルと戦います。10-0の敗戦も予想され、監督の西野朗でさえ「最悪の場合8-1もありえる」と考えていた絶対的な強豪のブラジルに、日本は1-0で勝利し「マイアミの奇跡」と呼ばれることになります。後半に入り、エンジンを全開にして襲いかかるブラジルの猛攻は、スポーツというより一方的なリンチにも見える激しさでした。それでも川口とディフェンスラインは、そのリンチに耐え抜いて1点も許しませんでした。

圧倒的な力の差に怯むことなく挑んだ川口と、その発言を政治利用しようとした一部のメディアの醜悪さが、あまりにも強いコントラストとして今でも記憶に残っています。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

井上 毅

Author:井上 毅
はねもね
福岡県出身
東京都在住
以前やっていたブログ「はねもねの独り言」の続編です。

外資系金融機関に勤めながら、あちこちに出没しています。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。