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垣間見たホンダの底力

今年の初めに自動車メーカーのホンダのレンタカー部門の仕事をしている方にお会いした時に、別れ際に「今年のF1は、勝てそうですか?」と尋ねたら、力強く「勝ちますよ」という返事が返ってきました。「勝てそうです」でも「勝てると思います」でもなく、F1とは関係のない部署にいながらも自分のことのように「勝ちますよ」と言い切る姿に、ホンダという企業の底力を見た気がしました。


ホンダはF1を全社で戦っていると言われますが、比喩ではないようです。創業者の遺伝子は、今も生きているのだと実感します。そもそも歴代の社長にレース狂が多いのも、ホンダならではだと思います。特に傑出しているのは、第4代社長の川本信彦氏です。川本氏は60年代にホンダがF1から撤退すると、辞表を提出しイギリスのレースチーム、コスワースに転職しようと画策して、文字通り首に縄をつけられてホンダに戻されます。
川本伸彦


本田技術研究所の副社長になり、F1にカムバックしようという気運が社内で高まると、猛烈に反対したのも川本氏でした。国を代表して戦うのだから、参加したいというだけではなく、絶対に勝てる体制を作って挑めと指示し、まずはF2に参戦して開発の準備を整えます。そして絶対に勝てるという自信の元に、83年のシーズン途中からF1にエンジン供給を開始しました。

絶対に勝てる自信は、早々に打ち砕かれてしまい、勝つどころか走れない日々を繰り返すことになるのですが、そんな中でも川本氏は若手のエンジニアに自由な発想を求めていきました。しかし若手エンジニアの代表格である桜井淑敏らが提案したエンジンは別でした。当時はエンジンのピストンの直径を大きくして長さを短くしたビッグボア・ショートストロークが基本でしたが、桜井らは正反対のエンジンをデザインしたのです。

川本氏は、ビッグボア・ショートストロークのエンジンが開発途上にも関わらず何事だ、とカミナリを落とし、若手はいそいそと案を引っ込めるのですが、彼らは諦めていたわけではありませんでした。川本さんの言うことももっともだが、燃焼効率を高めれば今より強いエンジンになると信じて、川本氏が帰った後に図面を引いて、試作機を組み立てました。倉庫の隅に隠れて、未来のエンジンは深夜に組み上げられていきました。

必要な部品は他の部品と混ぜて発注し、みんな川本氏に隠れてこっそり開発を続けていたのですが、気づいた川本氏は見て見ぬふりを決め込みました。自身も本田宗一郎に真っ向から反対され、諦めきれなかった過去があったからです。自分はもう、古い人間なのかもしれないと考え、桜井氏にF1総監督の地位を譲ります。この川本氏の黙認が、後に16戦中15勝という圧倒的な強さでホンダを王者にするエンジンを生むことになりました。

レギュレーションにより、メルセデス以外は苦しい展開が続いているF1ですが、またホンダが表彰台に帰ってくる日が、きっと来ると思います。
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プロフィール

井上 毅

Author:井上 毅
はねもね
福岡県出身
東京都在住
以前やっていたブログ「はねもねの独り言」の続編です。

外資系金融機関に勤めながら、あちこちに出没しています。

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