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女子レスリングに見たカルマ

女子レスリングは、伊調馨の五輪四連覇の偉業と、吉田沙保里の四連覇が消えたことが最大のニュースだったと思います。もはや無敵と思われた伊調と吉田には、どうしても勝てない相手がいたのをご存知でしょうか?
吉田沙保里_決勝戦
※リオ五輪決勝戦終了後の吉田沙保里


学生時代の伊調馨は、56kg級でした。同階級でありながら、一回り体が小さい選手に苦戦し、何度も悔しい思いをしています。特に全日本選手権では99年、2000年と続けて、その選手に負けてしまいました。そのため、伊調は階級を上げて63kg級に移りました。

伊調が苦戦し続けた相手とは、56kgの世界女王になる吉田沙保里でした。伊調馨にとって、吉田沙保里は高い壁であり続けたのです。そして吉田にも、どうしても勝てない相手がいました。幼少の頃から英才教育を父親に施され、試合に負けると泣く吉田の顔を父は引っ叩いていました。

しかし1人だけ例外がいました。その選手に負けた時だけは、父は「あの子は仕方がない」と、吉田を引っ叩くのではなく慰めたのです。吉田にとってその選手は、幼少時代から大学時代まで一度も勝てない高い壁のような存在でした。

その選手は山本聖子です。ダルビッシュ有の子を身ごもったことで話題になりましたが、彼女は姉の山本美憂に続いて、女子レスリングの一時代を築いた選手でした。2人はアテネ五輪の選考会となるクイーンズカップ決勝で戦い、なんとか吉田が勝利したことで、吉田沙保里の伝説が始まります。
山本聖子
※山本聖子

五輪四連覇を達成した伊調馨が越えられなかった吉田沙保里が三連覇に終わり、その吉田が越えられなかった山本が、五輪に出られなかったのです。さらに言うと、今回吉田を倒した選手は、山本聖子の教え子でした。こうしてみると、なんとも不思議な気がしませんか?

吉田の敗戦は残念ですが、いつ負けてもおかしくないほど、薄氷の勝利も多くありました。それだけレベルが拮抗しているのだと思います。それだけに、どんなドラマが続くのか誰にも予想できません。それが楽しみでもあります。
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プロフィール

井上 毅

Author:井上 毅
はねもね
福岡県出身
東京都在住
以前やっていたブログ「はねもねの独り言」の続編です。

外資系金融機関に勤めながら、あちこちに出没しています。

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